※この記事は月刊エミダス(ベトナム版)の2020年5月号で掲載したインタビュー記事と同じものです※
それは、企業インタビュー「NKグループ」で取材を行っている際のことだった。筆者はNKグループ社長のある言葉が引っかかった。
「太陽光などの発電所を作ることをベトナム国内で増えていくと考えられています――」
筆者もベトナムに来てしばらく経ちこの国を理解したつもりだったが、「ベトナム」と「発電所」という組み合わせが、私にとってあまりにも意外すぎて驚いてしまったのである。
そこで、今回はベトナム国内における発電に関する実情と発電所の投資計画について論じていくとともに理解を深めていくこととしよう。
目次
キーワードとなるのは「国営企業」と「水力発電」と「電力不足」
概要
ベトナムには120を超える発電所があると言われるが、電力供給会社が2つに分類することができる。
1つ目の「ベトナム電力総公社(EVN)」はドイモイに伴い発足した国営の発電所グループだ。もう一方は、「独立発電事業者(IPP)」と呼ばれ、自家発電した電力をEVNに販売することで利益を上げている。
ただ、莫大な運営資産が必要な発電事業においてEVNの持つ「国営企業」というアドバンテージは非常に大きい。実際、ベトナムにおける総発電量の約65%はEVNが占め、電力供給に欠かせない存在となっているという。ここで「EVNとIPPの主従関係」を一旦理解していただきたい。
ちなみに、2015年におけるベトナムの総発電量は14.5万GWhで、これは日本の発電量の約10%にしか満たない数値である。しかし、今後はさらなる人口拡大や電力需要の増加により、総発電量はまだまだ増加していく見込みだ。
水力発電
まず、こちらのグラフをご覧いただきたい。ベトナムの発電形態をまとめたものだ。
一目瞭然だが、ベトナムの発電の大部分は水力発電によるものだ。日本の水力発電の全体における割合は約8%・世界平均が約13%であるため、ベトナムの水力発電の規模がいかに大きいかがお分かりになるであろう。
ベトナムは都市により異なるがスコールの影響で降水量はかなり多い。地形も水力発電をしやすいなど、自然の恩恵が大きく作用し水力発電の効率を上昇させているのだ。
その一方で、自然に頼ることにも限界はある。
火力発電や原子力発電と比べ、太陽光や風力発電など自然エネルギーによる発電は「発電量の“ムラ”」がたびたび問題点として指摘される。その年の天候など自然の諸条件によって発電力が簡単に左右されてしまうためだ。
また、太陽光発電や風力発電に比べ、水力発電は特に天候の影響に受けやすく、晴天が続けば雨不足へと陥り発電量に大きな変動が現れる。実際、ベトナムにとっては雨季の存在をもってしても毎年電力不足に苦しみ、計画停電も行われるほど現状はシビアだ。
ベトナムとしては水力発電への依存度を抑え他の電力割合を上昇させる方針があるが、それぞれ発電所を建てることは大きな金銭的負担となるため実現性の低さが悔やまれていたという過去もあった。
現在の発電における問題点
さて、ベトナムに関する電力事情をネットで検索してみたところ、なんと「ベトナム 電力不足」というキーワードが上位にヒットした。
なんと2021年以降、ベトナム南部で膨大な電力不足が生じるというのだ。2019年6月に発表されたベトナム商工省のレポートによると、ベトナム南部の火力発電所の建設が遅延していることで供給が間に合わなくなり、2021年に37億キロワット時間(以下、kWh)、22年に100億kWh、23年には120億kWhが不足する計算だという。
資源エネルギー庁のデータによると、日本で1世帯が1日で使うエネルギーが12.7kWhなので、単純計算で約9.5億世帯分が一日使う電力が不足するという概算となるのだ。
この電力不足としては、上記の水力発電への不安・火力発電所建設の遅延などがあるが、ベトナム特有の要素として電気料金の安さが原因として挙げられる。発展途上国ならではという意味もあるが、ベトナムの電気料金(1kWhあたり)は約9円で、世界平均の半分ほどの数値。日本の電気料金は約29円なので、その安さは歴然であろう。この安さがベトナムの電力需要を助長させることで、電力の消費量が増加しているというわけだ。
経済成長による工場規模の拡大や海外企業の生産拠点の増加によって近隣諸国より電力を輸入しているが、それでもまだ対策としては不十分。
そこで、今注目されているのが発電所開発なのだ。
電力不足を解決するのは石炭火力、それとも再生エネルギー?
そのような理由から、ベトナムは発電所に作る計画をいくつも進めている。
この発電所開発に参入する日系企業も増えており、実際にも2019年には東芝が日韓越の企業からなるコンソーシアム(共同事業体)を発足させ、発電所の受注を行うことを発表している。
このような現状からも、ベトナムの発電所開発事情を把握しておくことはベトナムのビジネスパーソンにとって有益な情報となりえるであろう。
そこで、ここからは上記のベトナムにおける発電の現状を把握した上で、各発電所の特質や問題点を書き記していくこととする。
環境問題を引きずる石炭火力発電
ベトナムにおいて水力発電の割合は43%以上と大きな割合を占めていることはご説明した通りだが、その水力に続いて34%以上を占めているのが石炭火力発電だ。
特に有名なものは「ブンアン2」だ。
ハイフォンに建設予定のもので、総事業費は約2,400億円以上に上る。融資者には三菱UFJ・みずほ・三井住友など日本のメガバン民間金融機関が名を連ねている。
2020年に建設を開始し、2024年から稼働を開始する予定だ。これ以外にもいくつかの石炭火力発電所の開発は進められており、ベトナムは石炭火力を押し出していく政策を掲げている。
石炭による火力発電は安定供給や経済面で優れ、石油などの化石燃料と比べて採掘できる年数が長いことがメリットとされている。その一方で、石炭は燃焼することによって二酸化炭素・窒素酸化物・二酸化硫黄などが発生し、大気や健康のみならず温暖化にも影響を与える点から、環境の観点から「再生エネルギーによる発電に切り替えていくべき」という論調が国際的に強まっているのが石炭火力発電の現状だ。
しかし、ベトナムはそれに逆行する形で石炭火力発電所の開発を進めているため批判を集めているようだ。上記のような排気ガスの排出は近年ベトナムの最重要課題の一つとされる大気汚染を一層悪化させるし、建設が行われる地区の住民への説明や情報開示も不十分なままだ。
また、デンマークのエネルギー庁はベトナム政府に対し「石炭火力に比べ、風力や太陽光のほうが低コストである」という算出を発表しており、環境面のみならず経済面においても矛盾した行動であるといえるだろう。
もちろん、どのような発電においても長所と短所は存在するため一概に否定することは間違っているであろうが、昨今の国際情勢からするとベトナムの石炭火力発電所開発には冷ややかな目が当てられるのは致し方ないであろう。
撤回された原子力発電計画の全貌
新たな発電方法として様々な手段が考えられている。
現在も発電量トップである水力発電の再開発もかなりプッシュされているが、土地や気候の点からどこでも水力発電所を作れるというわけではない。また火力発電も上記ように大気汚染問題が問いただされるなど、水力・火力発電ではある種の限界が見えてきた。
そこで、ベトナムが乗り出したのが原子力発電だった。
ベトナム政府は2030年までに原子力発電所を14基建設することを2010年に発表し、ロシアと日本から発注することを決定したのである。
既にその地区で生活している住民を移転(立ち退き)させ、そこで建設を始める予定だ。ベトナム政府は慎重に原発を建設する地域を選んでおり、そこでは「地震や津波がほとんど発生しないことから原発事故を防ぐことができる」と話しているが、2011年の東日本大震災を経て市民の不満は募っていく一方であった。
日本にとっても莫大なお金が回ってくることもあり、1兆円規模の投資開発にはかなり興味を示しているようだ。あれだけ大きな被害を被ったにもかかわらず、それでも日本が他国の原発建設を支援するというのは、あまりにも皮肉めいてはいないだろうか。
さて、結論から言うと、この原発開発は撤回に終わっている。
2016年10月の議会で白紙撤回が合意されたのである。いくつかの理由が指摘されるが、有名な理由としては、ある公害事件の発生がある。同年4月、ベトナム中北部に位置するハティンで、台湾企業の製鉄所から廃液が海に流れ出し、中部沿岸に大量の魚の死骸が打ち上げられ、死人や病人も発生。漁獲量も劇的に減少したことで、近隣の漁村が大打撃を受けたのである(フォルモサ公害事件)。
これと原発開発は別物であるが、国内市民と政治関係者内で「このような公害が原発でも発生しうるのではないか」という不安が爆発したというのだ。原発の導入を掲げていた首相の失脚や共産党幹部の反対など政治的な要因も重なり、最終的に原発の開発案は取り消されることとなったのだ。
以上が、ベトナムにおける原発のストーリーの全貌である。
ベトナムの未来を握る再生可能エネルギー
火力・原子力発電に否定的な意見が集まる一方、嬉しい流れもある。
ベトナムで再生可能エネルギーを活用した発電開発が進むようになったのである。
実は東南アジアでは再生可能エネルギーの導入は活気あるトレンドになっており、タイ・インドネシア・フィリピンなども具体的な導入目標の数値を設定するようになった。ベトナムにおいてそれは同じで、まず風力発電においては2030年までに全体の15%を再生可能エネルギーにするという目標が設定されているほどだ。
ベトナムにおいて特に注目されるべきものは、ずばり太陽光発電だ。
太陽光発電をベトナムに広げるにあたって政府がキーワードとしているものがある。それは「FIT制度」というものだ。
FITは「フィードイン・タリフ」の頭文字を取ったもので、エネルギーの価格を“固定”して買い取りできるようにすることを定める法律制度のことだ。
ベトナムはこれを太陽光発電に適用させ、2019年6月末までに申請した企業は20年間1kWhを約9.9円でベトナム電力公社(EVN)が買い取る権利を得るのだ。申請にはいくつかの条件が存在するが、それでも太陽電池の技術や種類は問わず、また固定資産を輸入する際の免税措置・投資資本の低金利融資申請の許可など副産物も多いため、太陽光発電が行える施設を持つ企業にはかなり有り難い制度となった。
このことから世界各国から太陽光発電の開発をベトナムで行う企業が殺到し、一気に太陽光発電所がトレンドとなったのである。
2019年11月にはFIT制度を取り下げて競争入札制にすることを発表したが、政府は「2025年末までに計10万基の屋根設置型太陽光発電システムを設置する」という目標は依然と変わっていないため、今後もFITの有無にかかわらず開発は進められていくようだ。
日本でも有名となった屋根設置型の太陽光発電にも需要が集まっており、市民からの需要増や屋根設置型を主製品とする企業の参入によりマーケットが拡大することも予想できる。
この屋根設置型でもFITを採用する方針があり、今後も太陽光導入の幅は広がっていくことだろう。
この太陽光発電以外にもベトナムは風力発電やバイオマス発電にも力を入れており、特にバイオマス発電においては「木材チップ・コショウ・カシューナッツの輸出量1位」ということで農・林産物が盛んという国の長所を活かし、FIT制度もここでも導入し規模の拡大を図っている。
再生可能エネルギーのみで全ての電力供給をまかなえないのが現実だが、それでも少しずつその割合を増やしていき、ベトナムの発電事情が少しでもクリーンなものになることを祈るばかりだ。